(R5年1月05日)
脚下照顧(その3)
脚下照顧(その3)
この論評は、令和4年6月~8月に長期滞在した北海道紋別郡西興部村のコテージ生活の中で書き下ろしたものです。気楽にお読みいただければ幸いです。
教え子と称して、たわいないメールを頂いた時、「走馬燈」のような「一筋の燈火(ともしび)」を感じて心打たれます。そんな旧知の人脈は、当方にとって「無形財産」に他なりません。
毎年の台風情報に一喜一憂する「沖縄県」への「神戸-那覇」空路往復も10年近く続き、様々な琉球の暮らし・結の精神も知り、「泡盛のおとおり」も付き合いさせて頂いた記憶が蘇ります。ピロティ形式の多い「那覇市内の高層建築物」にも関与させて頂き、技術者と
して「説明責任」を果たしておりますが、「企業戦略」ではマイナスしか残りません。
現地での生活は、「琉球の食生活」にも馴染むには受講者とご一緒の研修施設に近い
民家食堂での「琉球の日替わり定食」でしたが、とても美味しく完食の記憶があります。
どの地域であっても、「ご自慢のもの」ですから、「残さず」は当然ですし、エコを考えた
食材・食器など見るに付け、普段の生活に「贅沢は敵」との再認識もありました。
このあたりが「脚下照顧」であり「燈台下暗し」と肝に命じております。
札幌では「お水」がとても美味しく頂けて、関西の水とのギャップを感じていました。
特に、「福岡」からの受講者とご一緒した札幌のセミナー終了後、北海道勇払郡むかわ町の
道の駅でのお食事とお水の美味しさには今迄に経験のないものでした。この方は帰路の
「札幌→福岡」空路でトランジット(乗り継ぎ)に失敗され「成田空港ホテル」に宿泊後の
想定外の遠距離移動をされたようですし、突然の「脳梗塞」にも見舞われ今は元気に業務
に復活されており、「人生1回限り」で「人生いろいろ」を痛感しております。
だからこそ、悔いのない暮らし方を探求する上で、「我欲」や「欲望」の節制が重要と
自分自身に言い聞かせています。「脚下照顧」や「燈台下暗し」って、こういう事なのかな。
足元をよく見て、自己反省を促しながら、「常に備え」の学びの繰返しです。
このように叶えられる最低で最大の条件は「健康」であること・・・感謝以外ありません。